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ひと と アート と 対話 2007年7月開催終了(まとめ・メモ)

2010.12.30 Thu
ひと と アート と 対話   -Dialog in the art museum-
見えない人と、見えにくい人と、見える人との美術館鑑賞ツアー

開催終了(まとめ・メモ)

日程:2007年7月22日(日)
場所:和歌山県立近代美術館
待ち合わせ場所:JR和歌山駅西口、または現地玄関前
時間:午後から3時間程度(移動、説明、談話等の時間も含む)を予定

展覧会内容:
『relations 関係』
 「FUJIMOTO and」 7/14(土)~9/24(月・休)
 「happy conceptual -杉山和子+藤本由紀夫-」
  7/14(土)~9/2(日)
視覚と、聴覚と、触覚と、味覚と、嗅覚を捜し追い求めた作家。そこで作家が気づいたもの、伝えたいものをカタチにし続けてきた藤本由紀夫さんによる展覧会。また、様々な作家とのコラボレーションによる展示公開。 (大阪・中ノ島・国立国際美術館と、兵庫県・西宮市大谷記念美術館と同時開催)

*************************


2007年、和歌山県立近代美術館にて、学芸員さんの協力のもと、「見えない人と、見えにくい人と、見える人との美術館鑑賞ツアー」を開催。
その時、感じた事や、いただいた感想などを、来年2月に開催予定の「見えない人と、見えにくい人と、見える人とのことばでの博物館鑑賞ツアー」に向けてここにまとめておく。
ツアー開催日に開催中の展覧会詳細はこちら→(和歌山県立博物館

来年2月の「ことばでの鑑賞・博物館へ行こう!(仮)」の詳細は、また後日告知させていただきます。
興味のある方、参加希望の方は、どしどしお声をかけてください。
また、ご意見、ご感想なども、どしどしお聞かせください。


目の見える者も、目の見えない者も、参加者となり、視覚中心で観る人と、聴覚・触覚中心で感じとる人、両方の立場からの感じ方で芸術表現にふれ合い、人と芸術と、言葉で心で対話し、新しい発見に気づき合う事。
あくまで、私は、そのきっかけを与えることができればと思う。
ここでは、絵画や、作品などは、会話のきっかけとなる。

30代半ばの生まれつき目の見えない男性の感想:
色への認識はないけれど、色の名前を言ってもらえたら自分でイメージを形容して楽しむなど、頭の中で自由な発想でイメージする事ができる。

ことばの鑑賞にとり入れられる事:
目の見える人から、色の認識がない人に色を伝える時は、その色の名前と、色へのイメージを形容して伝えると共有しやすいのではないか。
例:赤→熱い・情熱的など オレンジ色→暖かい・みかんの色など 黄色→すっぱい・眩しいなど 青→冷たい・寒いなど

年配の見えない男性の意見:
触ったり、言葉で説明されても、結局見えないのは変わりないから、どんな絵なのか、色なのか、解ることはできない。

改善点:
パートナーの生活環境を会話の中から引き出してみるなどして、どの程度の話が伝わるか、面白い内容に出来るかなどをお互いに探り合うといいのではないか。
また、見える側から引き出すだけでなく、見えない人も自分について話し、見える人も自分について話すと、お互いに訊いたり、話したりしやすくなるのではないか。
どちらかが話を切り出しにくそうにしていたら、どちらかが最初に誘導する役割が必要なのだと思う。

年配の見えにくい女性とパートナーになった20代半ばの見える男性の感想:
近くに寄って見るなどすると、多少見える場合もあるようで、全てことばにしようとすると戸惑う部分もあるようだ。

改善点:
パートナーの見えない程度、見える程度を教えてもらってどのように話すのがわかりやすいかをお互いに探るといいのではないか。
この場合も、見える側から引き出すだけでなく、見えない人も自分について話し、見える人も自分について話すと、お互いに訊いたり、話したりしやすくなるのではないか。

ツアー終了後の自由な時間では、20代から30代半ばの参加者の間では、年齢の違う人同士、見える人、見えない人が、互いにアドレスを交換し合う光景も見られた。


感じた事(推測含む):
ある程度、年配になり見えない生活を身につけてきている人にとって 、長い年月の中で生活し覚えてきたものというのはかなり情報が入り知識認識が染み付いてしまっているため新しい情報をスムーズに受け入れることに戸惑いがあるのではないか。
反対に10代20代30代半ばなど若い年代の人にとって、入ってくる知識が少ないため新しい情報も吸収しようとする意識がある。
それは、目の見える人にも、もちろん言えることであって、永く生活してきている人ほど、身につけられた知識というものは深く、新しい情報をつけることに脳や身体に記憶しているものたちが困惑してしまう。
浅い分、新しい情報がまだ埋まっていない記憶部分に取り入れようとする。
多くのものに触れ視ることはとても大切で視野を拡げることがどれだけ感性を豊かにすることに繋がるかが感じられる。
年代の違う者、生活環境の違う者同士が、交流を深めることで、互いにない感性を互いに取り入れ吸収し合う事で、視野が拡がればと想う。

今後の課題:
「ひと と アート と 対話」には「しょうがい者」がいなくてはならないというわけではないこと。
ただ、きっかけがなければ「しょうがい者」と「けんじょう者」がかかわる機会というのは「けんじょう者」には少ないのではないかと想うこと。
文化の違いにふれ合い気づき合うことで、感性の拡がりを互いに生み出すことができるということ。
「ひと」と「まち」と、「芸術」で繋がるのなら、それがどんなに嬉しいことか。
「ひと」に「まち」に「芸術」に、耳をかたむけ、心を向けて、「ひと」と「まち」と「芸術」と対話する。
互いにことばにすることで、見える者が一人で鑑賞している時には気づけなかった事に気づくことができ、また、互いの話はどれも互いに新しい発見につながるだろう。
そのきっかけを私の与えられる範囲で与えることができればと願う。

改善すべき点:
見えない参加者が、見える参加者の事をボランティアと思われがち。
互いに参加者、パートナーという認識で参加してもらえる呼びかけ、誘導の仕方を心がける。
具体的には今後の課題にしていく。

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